Deep Blues Birthday

   
 Little Walter (本名 Marion Walter Jacobs)
 ハープ

 1930年 3月1日 生
 1968年 2月15日 38歳 没

 12歳でニューオリンズにやって来たリトル・ウォルターは 1946年にシカゴへ移り住みました。
 マックスウェル・ストリートで演奏すると すぐにスターになりました。
 1950年頃には チェス・レーベルでマディ・ウォータースのスタジオ・ハープ奏者として活躍しました。
 1952年には 「Juke」 がヒットし、ルイス・マイヤーズ、デイビッド・マイヤーズ、フレッド・ビロウ と
 セッションをするようになりました。
 1952年〜58年の間に 「Sad Hours」 をはじめ 14曲がR&Bチャートのトップ10に入りました。
 しかし 1968年に路上でのけんかの後遺症で この世を去りました。


  
 James Brown (本名 James Joseph Brown)
 R&B、ソウルシンガー

 1933年 3月3日 生 
 2006年 12月25日 73歳 没

 貧乏な暮らしをしていたジェームス・ブラウンは 40年代の後期に強盗をして実刑を受けましたが、
 ボビー・バードに助けられ 仮釈放になると、彼とゴスペルグループを組みました。

 やがて ゴスペルから R&B、ソウルを歌うようになり、
 1965年に 「Papa's Got a Brand New Bag」 がトップ10に入り、白人たちにも支持されました。
 その後 「I Got You (I Feel Good)」 が大ヒットし、大スターになりました。

 60年代の後半には P-Fank のベーシストで有名なブーツィー・コリンズを従え、
 ソウルから ファンクのスタイルへと変わって行き、70年代のR&Bチャートの常連になりました。

 しかし 80年代の後期に 人にピストルを突きつけて脅したことで、6年の実刑を受けました。
 2年で仮釈放になった後に再び音楽活動を開始しました。


   
 Robert Johnson
 ギター  

 1911年 3月8日 生
 1938年 8月16日 27歳 没

 ミシシッピのプランテーションで生まれ育った ロバート・ジョンソンは
 ブルースの世界では知らない人はいない 伝説のブルースマンです。
 彼は 十字路で悪魔と契約し、命と引き替えに ブルースの芸を授かったという伝説で有名です。
 後に 彼が唄っていた短いブルースの曲を 多くの有名なブルースマンがカバーしました。
 中でも 彼の伝説を唄った 「Cross Road Blues」 は大変有名です。
 ブルースの根源とも言える 彼のデルタブルースは たくさんの名曲を残しました。

 1938年8月16日の土曜日に サニーボーイ・ウィリアムスンたちと 地元のジュークジョイントに
 演奏しに来た彼は 嫉妬深かった彼女に 毒を混ぜられた酒を飲まされました。
 それでも彼は 弾ける限り弾き続けましたが、担がれて家に帰った後、数日の間 倒れたままでした。
 やがて 肺炎を起こし この世を去りました。


  
 A.C.Reed
 テナーサックス

 1926年 3月9日 生
 2004年 2月24日 78歳 没

 ミズーリで生まれた A.C.リードは小さい頃からホーンがたくさん入るビッグバンドが好きで
 サックスを勉強しました。

 やがて シカゴへやって来るとアール・フッカーと組み、
 1956年にはアイク・ターナーの一団に加入し 活躍しました。

 1967年に バディ・ガイとジュニア・ウェルズの オリジナル・ブルース・ブラザーズのバンドで
 一緒に演奏を始めましたが、77年に脱退すると サン・シールズやアルバート・コリンズと演奏し始めました。


  
 Lightnin Slim (本名 Otis Hicks)
 ギター  

 1913年 3月13日 生
 1974年 7月24日 62歳 没

 ライトニン・スリムはミズーリで生まれ、父や兄にギターを教えてもらいました。
 1946年頃には 週末になると ジュークジョイントへ行き演奏していましたが、
 エクセロレーベルと契約し、12年間に渡って録音しました。

 1959年に発表された 「Rooster Blues」 がとても有名です。

 彼はスリム・ハーポとコンビを組んで よく活躍しました。


   
 Lightnin Hopkins  (本名 Sam Hopkins)
 ギター  

 1912年 3月15日 生
 1982年 1月30日 70歳 没

 ライトニン・ホプキンスは 8歳のときに カントリー・ブルースで有名な
 ブラインド・レモン・ジェファーソンと出会い、ギターを弾き始めました。

 1948年に 「Shotgun Blues」 がヒットし、有名になりましたが、ロックンロールの時代の波に飲まれ
 1959年には 古郷のヒューストンに帰ってしまい、その後 世間から忘れ去られてしまいました。
 しかし再び思い出された彼は 住んでいた小さなアパートでアルバムを録音し、
 それが話題となり、地元のジュークジョイントでスターに返り咲き、大学で演奏したりしました。
 やがて彼は ヨーロッパまで行ったり 精力的に活動しました。


  
 Willson Pickett
 R&B、ソウルシンガー

 1941年 3月18日 生
 2006年 1月19日 65歳 没

 映画 「ブルースブラザーズ」 でもたくさん彼の曲が使われたように、
 ウィルソン・ピケットの数々のヒット曲は 多くのミュージシャンにカバーされるほどの名曲です。

 彼は 1962年に 「I Found a Love」 のヒットで彗星の如く現れました。
 65年には ローリング・ストンズのカバーで有名な 「If You Need Me」 が大ヒット。
 今では彼の代表曲でもある 「In The Midnight Hour」 は 当時は大ヒットまではいかず、
 R&Bチャートは21位だったそうです。
 その他 「Everybody Needs Somebody To Love」 や 「634-5789」 など
 60年代に大ヒットを飛ばし続けました。


    
 Otis Spann
 ピアノ

 1930年 3月21日 生
 1970年 4月24日 40歳 没

 シカゴブルースのピアニストでは 最も有名な オーティス・スパン。
 彼は 8歳でピアノを弾き始め、14歳の頃にシカゴへやって来ました。

 192年にマディ・ウォータースのバンドに入り大活躍しました。
 チェス・レーベルの中では いつもマディの引き立て役でしたが、彼のヴォーカルも素晴らしく
 数枚のアルバムも出しています。

 1970年に ガンをわずらい亡くなりましたが、直前に出された Fleetwood Mac をバックに従えた
 アルバムは話題を呼びました。


  
 Aretha Franklin
 ピアノ、R&B、ソウルシンガー

 1942年 3月25日 生

 アレサ・フランクリンは デトロイト教会の家に生まれ、
 神父の父や姉妹と一緒に 幼い頃からゴスペルを唄っていました。

 まだモータウン・レーベルが出来立ての小さな会社だった頃、
 14歳だった アレサ・フランクリンに契約を熱心に迫っていたそうです。

 しかし 彼女は コロンビア・レーベルと契約。その後は アトランティック・レーベルに移籍し、
 1967年〜68年の1年間に 「Think」 や 「Chain of Fools」、「I Say a Little Player」 など
 10本ものヒット曲を打ち出す偉業を成し遂げました。

 映画 「ブルースブラーザーズ」では レストランを経営する マット・マーフィーの恐妻として出演しました。



 Rufus Thomas
 R&B、ソウルシンガー

 1917年 3月26日 生
 2001年 12月15日 84歳 没

 ルーファス・トーマスは 30年代に コメディ・エンターテイナーとしても 大変優れた才能を持ち、
 ビッグ・ママ・ソーントンが 「Hound Dog」 をヒットさせると それを逆手に取り、
 「Bear Cat」 を出し 世間に大ウケしました。

 1959年には 娘のカーラと一緒に 「Cause I Love You」 をデュエットし 話題を呼びました。
 1963年には ローリング・ストーンズのカバーで有名な 「Walking the Dog」 が
 R&Bチャート トップ10になりました。
 2001年に ブルーズ殿堂入りを果たしましたが、
 その後すぐに体をこわし メンフィスの病院で息を引き取りました。


  
 Leroy Carr
 ピアノ

 1905年 3月27日 生
 1935年 4月29日 30歳 没

 リロイ・カーは ナッシュビルで生まれ、10代でピアノを弾き始めました。
 彼は住む家もなく 路上生活をしていたために学校すらろくに行きませんでした。

 彼のスタイルは ほとんどが ピアノとギターだけのシンプルなものでしたが、
 地元のダンスパーティーなどがあると そこで演奏し、大人気だったそうです。

 1928年に 彼はあてもなく インディアナポリスへ向かって放浪の旅に出ましたが、
 スクラッパー・ブラックウェルというギタリストと出会い、亡くなるまでの7年の間 コンビを組み ヒットを出しました。
 しかし 彼はひどいアル中だったため 早く亡くなってしまいました。


    
 Robert Jr. Lockwood
 ギター  

 1915年 3月27日 生
 2006年 11月21日 91歳 没

 伝説のブルースマン、ロバート・ジョンソンに 直接 ギターを習っていた ロバート・ジュニア・ロックウッドは
 ロバート・ジョンソンが亡くなった 1938年にシカゴへやって来ました。

 50年代にはリトル・ウォルターや サニーランド・スリム、エディ・ボイド たちと組み大活躍しました。
 後に 彼は ルイス・マイヤーズ、デイビッド・マイヤーズ、フレッド・ビロウのエイシスと組み、
 不動の地位を築きました。


  
 Sonny Boy Williamson (本名 John Lee Williamson)
 ハープ
 
 1914年 3月30日 生
 1948年 6月1日 34歳 没

 サニーボーイ・ウイリアムスンという名前のブルースマンは 二人いますが、
 こちらのサニーボーイが (I) と言われる方です。
 しかし、サニーボーイ II の方が先輩ブルースマンです。

 サニーボーイ・ウイリアムスン I は 10代の頃に ハミー・ニクソンにハープを習い 吹き始めました。
 やがて 彼は スリーピー・ジョン・エステス、ヤンク・レイチェルと一緒に演奏するようになりましたが、
 1934年にシカゴへ移り住みました。

 1937年に ブルーバード・レーベルと契約し、1947年まで 120曲を越える録音を残しました。
 1930年代には 「Good Morning School Girl」、「Sugar Mama」、「Blue Bird Blues」 などを録音。
 1940年に 「Tell Me Mama」。41年には 「Ground Hog Blues」 を録音しました。

 1945年には タンパ・レッドをギターに 有名な 「Stop Breaking Down」 を録音しました。
 1947年には 「Shake That Boogie」 を録音しましたが、
 その翌年 突然 強盗に襲われ、殺されてしまいました。

 彼が亡くなった翌年に発表された 「Better Cut That Out」 は大ヒットとなり、
 ジュニア・ウェルズに レパートリーとして 引き継がれました。


  
 Lowell Fulson
 ギター  

 1921年 3月31日 生
 1999年 3月6日 78歳 没

 ローウェル・フルスンは 若い頃に レイ・チャールズのギタリストに入るなど
 多方面に渡って活躍した ブルースマンです。

 1948年に発表した 「Everyday I Have the Blues」 が大ヒット。
 その他にも 「トランプ」 などファンキーなナンバーをヒットさせました。

 1997年頃から体を悪くしながらも プレイを続けていましたが、1999年に亡くなりました。





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